Futures Japan HIV陽性者のためのウェブ調査

調査結果

8.こころの健康

不安と抑うつ

今回のメンタルヘルスの評価にはHADS(ハッズ)(Hospital Anxiety and Depression Scale)と呼ばれている質問票を用いました。このHADSは、身体症状を訴えている患者の不安と抑うつ状態を評価するために開発されたもので、臨床経験に基づく内容から構成されており、うつ7項目、不安7項目の計14項目から成り立っています。

参考までにHADSによる他の調査結果(HIV陽性者ではなく)における判断の結果を紹介しましょう。一般女性会社員に対して実施した調査結果によりますと、不安障害は、「なし」80.6%、「疑診」9.7%、「確診」9.7%でした。またうつ病は、「なし」75.8%、「疑い」21.0%、「確診」3.2%でした。また、消化器内科外来患者を対象とした調査によりますと、男性の場合は、不安障害は、「なし」73.7%、「疑診」19.5%、「確診」8人6.8%となっています。またうつ病は、「なし」61.2%、「疑い」29.3%、「確診」11人9.5%でした。女性の場合は、不安障害は、「なし」72.9%、「疑診」12.9%、「確診」14.3%、またうつ病は、「なし」67.4%、「疑い」23.4%、「確診」9.2%でした。

今回の調査では、HADSによる診断の結果、不安障害なしが514人(49.5%)、不安障害疑い220人(21.2%)、不安障害確診304人(29.3%)となりました(図8-1)。また、うつ病なしが556(53.6%)、うつ病疑い215人(20.7%)、うつ病確診267人(25.7%)となりました(図8-2)。ちなみに、第1回調査の時の結果では、不安障害なしは42.2%、不安障害疑い24.5%、不安障害確診33.3%でした。また、第1回調査のうつ病なしは45.2%、うつ病疑い26.0%、うつ病確診が28.8%でした。

図8-1 HADSによる不安の診断結果(n=1038)
図8-1 HADSによる不安の診断結果(n=1038)
図8-2 HADSによるうつの診断結果(n=1038)
図8-2 HADSによるうつの診断結果(n=1038)

不安障害と気分障害

本調査での不安は、おもに普段感じている不安体験に対する比較的安定した反応傾向である特性不安と呼ばれている傾向をとらえています。特性不安は不安障害との関係があるといわれています。不安障害は不安よりもっと強烈なもので(パニック発作などが有名な症状)、持続し、日常生活を妨げる恐怖症を誘発します。

「憂うつである」「気分が落ち込んでいる」などと表現される症状を抑うつ気分といい、抑うつ状態とは抑うつ気分が強い状態を指します。日常用語では「うつ状態」という表現が使われますが、医学的には「抑うつ状態」という表現が用いられます。なお、重度の抑うつ状態が続くとき、気分障害(うつ病)に移行します。なお、気分障害には、うつ病のほか、双極性障害などがあります。 日本における一般的な有病率(人口あたりの患者の割合)は、不安障害は4.8%、気分障害は3.1%(うち、うつ病2.9%)です。

ポジティブ・ネガティブ変化

「HIV陽性が判明して以降、今までに、あなたは次の点でどのような変化生じましたか」という問いに対して11の項目で回答してもらいました。11項目それぞれで、ポジティブな変化、ネガティブな変化の両極が設定された質問をしています。この「ポジティブな変化」は、昨今ではストレスを経験することによる、世の中の見方や考え方の成長的でポジティブな変化ということで、ストレス関連成長、とか、ベネフィットファインディング(Benefit=利益、Finding=発見)と呼ばれています。つまり、衝撃的な経験によって、枠組みの変化が生じ、人間関係の強化や精神的な強さ、ストレスを乗り越える技術が強化され、成長することがわかってきています。こうした成長があると、良好なメンタルヘルスや良好な身体健康につながることもわかっています。

今回のサマリーでは、それぞれの項目について、まずはネガティブな変化が起こった人、ポジティブな変化が起こった人、変化が起こらなかった人、それぞれがどの程度おられるのかを整理し、ご紹介します。

価値観に関連する変化は、HIV陽性がわかってから今までに、精神的に「弱くなった」人は34.1%、「強くなった」人は33.3%、「変化なし」は32.6%でした。人生を乗り越えていく自信が「減った」人は40.9%、自信が「増えた」人は25.7%、「変化なし」は33.4%でした。人や社会のために役立ちたいという思いが「減った」人は19.9%に対し、「増えた」人は35.0%、「変化なし」は45.1%でした(図8-3) 。

関係性に関する変化としては、交際相手・パートナーあるいは 家族との関係や絆が、「弱くなった」人は20.8%、「強くなった」人は26.7%、「変化なし」は52.5%でした。友人との関係・絆についても「弱くなった」人は20.4%、「強くなった」人は17.9%、「変化なし」は61.8%でした。信頼できる友人や知人が「減った」人は23.3%、「増えた」人は17.2%、「変化なし」は59.6%でした(図8-4)。

生活の中で健康に対して「注意を払わなくなった」人は8.3%、「注意を払うようになった」人は67.8%、「変化なし」は23.9%でした。また、自分の性的指向(ヘテロ・バイ・ゲイなど)について「否定的に思うようになった」人は9.3%、「肯定的に思うようになった」人は17.3%、「変化なし」は73.3%でした(図8-4)。

図8-3 HIV陽性判明後のポジティブ・ネガティブ変化(価値観)(n=1038,項目により1人ほど無回答あり)
図8-3 HIV陽性判明後のポジティブ・ネガティブ変化(価値観)(n=1038,項目により1人ほど無回答あり)
図8-4 HIV陽性判明後のポジティブ・ネガティブ変化(関係性等)(n=1038,項目により1人ほど無回答あり)
図8-4 HIV陽性判明後のポジティブ・ネガティブ変化(関係性等)(n=1038,項目により1人ほど無回答あり)

首尾一貫感覚(sense of coherence(SOC):ストレス対処力・健康生成力)

SOCは、人生や世の中に対する見方や向き合い方、姿勢に関する感覚です。この感覚が強いほどストレス対処に成功し、健康の維持増進をもたらすことがわかっています。

SOCは以下の3つの感覚から成り立っているとされます。 「世の中は安定していて先行きもみえると思えること」(把握可能感) 「何かあってもだれか/何かに助けてもらえる、何とかなると思えること」(処理可能感) 「生きていくうえで出会う出来事にはすべて意味があって、この先出会うことも挑戦と思えること」(有意味感)

今回の調査では、SOCを測定するうえで世界的に最もよく用いられている13項目7件法版SOCスケールという質問票でたずねました。このSOCスケールとは、「あなたは自分の周りで起こっていることがどうでもよいと思うことがありますか?」「あなたはこれまでに、良く思っていると思った人の思わぬ行動に驚かされたことがありますか?」「あなたはあてにしていた人にがっかりさせられたことはありますか?」「あなたは日々の生活の中で行っていることにほとんど意味がないと感じることがありますか?」など、13項目(13点~91点)からなりたっており、得点が高いほどSOCが強いことを表します。

図8-5に、年齢階層別にSOC得点の分布を示したグラフを示しました。この右側が2014年に行われた一般住民調査による国民標準得点です(山崎喜比古監修、戸ヶ里泰典編「健康生成力SOCと人生・社会」有信堂高文社刊、より)。一般住民調査は25歳以上の75歳未満の群で実施されたもので、25歳未満の群のデータはありませんが、65歳以上の群を除いて、すべての群でHIV陽性者のSOC得点は一般住民得点よりも低い値になっていました。なお、このことは、第1回調査においても同様でした。 全体平均を見ても、51.8(標準偏差13.9)点で、全国調査の得点である59.0(12.0)点よりも大きく下回る値となっていました。なお、第1回の得点は51.0(12.9)点でほぼ同様の水準でした。

図8-5 年齢別SOC得点の分布と全国一般住民調査との比較(第2回調査はn=1038)
図8-5 年齢別SOC得点の分布と全国一般住民調査との比較(第2回調査はn=1038)

子どもの頃の被虐待経験

12歳以前の親や家族からの虐待経験を聞いたところ「経験なし」は65.8%(683人)でした。 項目別には、図8-6のように、「親から暴言をはかれたり、両親のDV(身体的・精神的な暴力、虐待行為)を見た」人が18.7%(194人)ともっとも多く、「親からの暴言や体罰を受けていた」人も15.3%(159人)いました。

「12歳以前に年上の相手から性行為を求められたり、強制されたこと経験」については、「2回以上ある」が9.2%(96人)、「1回だけある」が4.1%(43人)で、「ない」は86.1%(894人)でした。「思春期以降、自分が望まない性行為を強制された経験」は、「2回以上ある」が12.8%(133人)、「一回だけある」が6.1%(63人)、「ない」は80.5%(836人)でした。

図 8-6 虐待の経験について(n=1038, 複数回答)
図 8-6 虐待の経験について(n=1038, 複数回答)

自殺念慮について

これでまでに「本気で自殺を考えたことがあるか?」との質問に、690人(66.6%)が「考えている」としました(「常に・たまに・まれに」を含む)。そのうち「過去12ヶ月以内に本気で考えたことがある」と182人(26.4%)が回答しました(図8-7)。

参考までに全都道府県20歳以上の一般の男女を対象とした日本財団自殺意識調査2016(2017)結果を示しますと、本気で自殺を考えたことがある人は全体の25.4%(男性22.6%、女性28.4%)、そのうち過去1年間に考えたことがある人は13.5%でした。

図 8-7 自殺を考えたことがあるか? (%, n=1038, 過去1年間はn=690)
図 8-7 自殺を考えたことがあるか?  (%, n=1038, 過去1年間はn=690)

自殺企図について(これまでに自殺を考えたことがある人のみ, n=690)

「これまでに自殺の計画を立てたことがあるか?」を聞いたところ、277人(40.2%)が「はい」と回答しました。その内「過去12ヶ月に自殺の計画を立てたことがある」としたのは67人(26.4%)で、4人にひとりに上ることがわかりました。 また、「これまでに自殺を試みた人」は205人(29.8%)で、その内「過去12ヶ月以内に自殺を試みた人は30人(14.9%)いました。

好きで繰り返しやっていること

「この1年間日頃生活で、好きくりかえし行っていることについて教えてください」という質問で、複数回答可で回答を求めました。 もっとも該当者が多かったのは、マスターベーション・自慰で675人(65.0%)、次いで、SNS(ツイッター・Facebook・ブログなど)で587人(56.6%)、三番目は、出会い系アプリ・掲示板で557人(53.7%)でした。さらに、ネットサーフィン502人 (48.4%)、テレビ鑑賞488 人(47.0%)が続いていました。

表8-1 好きで繰り返しやっていることの順位
順位 内容 回答者数 (%)
1位 マスターベーション・自慰 675 (65.0%)
2位 SNS(ツイッター・Facebook・ブログなど) 587 (56.6%)
3位 出会い系アプリ・掲示板 557 (53.7%)
4位 ネットサーフィン 502 (48.4%)
5位 テレビ鑑賞 488 (47.0%)
6位 買い物 456 (43.9%)
7位 セックス 436 (42.0%)
8位 仕事 425 (40.9%)
9位 ネットショッピング・ネットオークション 412 (39.7%)
10位 ゲーム 385 (37.1%)
11位 旅行 385 (37.1%)
12位 映画鑑賞 345 (33.2%)
13位 日帰り温泉・銭湯 335 (32.3%)
14位 パートナーとのデート・外出 328 (31.6%)
15位 食べ歩き 324 (31.2%)
16位 飲酒 321 (30.9%)
17位 タバコ 316 (30.4%)
18位 カフェでのお茶・コーヒー 297 (28.6%)
19位 読書(マンガを含む) 296 (28.5%)
20位 筋トレ 279 (26.9%)
21位 肌のケア 274 (26.4%)
22位 ハッテン場通い 267 (25.7%)
23位 カラオケ 257 (24.8%)
24位 ジム通い 251 (24.2%)
25位 居酒屋で飲むこと 229 (22.1%)
26位 美容・顔のケア 223 (21.5%)
27位 ライブ・コンサート 211 (20.3%)
28位 散歩 209 (20.1%)
29位 ドライブ・ツーリング 176 (17.0%)
30位 勉強 169 (16.3%)
31位 バー通い 146 (14.1%)
32位 パチンコ・ギャンブル 124 (11.9%)
33位 家族と過ごす 117 (11.3%)
34位 その他スポーツ(テニス、バトミントン、サーフィン等) 98 (9.4%)
35位 楽器演奏 95 (9.2%)
36位 水泳 87 (8.4%)
37位 サークル活動 65 (6.3%)
38位 ボランティア活動 61 (5.9%)
39位 マラソン・ランニング 53 (5.1%)
40位 当事者支援活動 52 (5.0%)
41位 スポーツ観戦 50 (4.8%)
42位 登山・アウトドア活動 43 (4.1%)
43位 ドラッグ使用 31 (3.0%)
44位 子どもと遊ぶ 31 (3.0%)
45位 近所づきあい 31 (3.0%)
46位 クラブ通い 26 (2.5%)
47位 合コン 7 (0.7%)
その他 22 (2.1%)

メンタルヘルスについてシェアしたいこと(自由記載)

回答者222人(うち「特になし」51人)の記述内容には、うつやつらさやしんどさを認めた上で、友人などピアな関係の方々や医療専門職への相談や話すなど楽になった経験にも触れているものが多い特徴がありました。

頻出語

自分:97,辛い・うつ病・苦しむ:55,言う・話す・伝える:36,死・自殺:34,楽・楽しい・楽しむ:30,相談・アドバイス:28,友人・友達・ピア・仲間・当事者:20,悩む・悩み:19,主治医・医師・カウンセラー・看護:19,家族・パートナー:16,精神科・心療内科・病院・クリニック:15,受け入れる:9,孤立・孤独・ひとりきり:7,悲・虚:7

以下、代表的なもの及び特徴的な記述を示します。頻出語には下線を記してあります。

  • HIV陽性者会が行われない地域もあるが、少し遠出をしてでもHIV陽性者会に行くことは非常に大切だと思った。実際の自分以外の当事者に出会い、その人に不安なことを聞き、アドバイスを得られるメリットは非常に大きいと思う。
  • HIV陽性という状態を受け入れて前向きに日々を過ごしている陽性者の友人、知り合いと話す機会を作ること。スポーツでも何でも趣味・好きなことがあれば誰に気兼ねすることなく楽しむこと。ヨーガや坐禅など、身心を整える時間を日常生活に組み込むこと。
  • 言葉なくても顔合せることでなんか、ホッとしたい。
  • 何もする気力がなくなって、一日中悲しさや虚しさがあり、人と話していても無表情になっており「これはマズイ」と思ったので、HIVの主治医にメンタルクリニックを紹介してもらいました。自分の中では、心の病について偏見がないつもりでいましたが、やっぱり心のどこかで「心の弱い人がなるもの」「はずかしいもの」というイメージがあった気がします。HIV陽性かどうかに関係なく、もっと気軽に精神科や心療内科を受けてほしいと思います。
  • 今もうつに苦しんでいます。なかなか治らず、生活保護を受給しています。 一方で、HIVに感染しても、うつにならず働いている人もいます。 そう考えると、自分は陽性者の中でのさらにマイノリティになると思います。 そのことに関して相談できる友達は、陽性者の中にはいません。陽性者でなおかつ生活保護を受給している人と知り合いたい。